■プロフィール
篠崎九蔵 しのざききゅうぞう 享年93歳
明治32年(1899年)10月20日福岡県糟屋郡に農家の次男坊として生まれる。高等小学校卒。
生来身体が弱く、鼻、耳、、脱腸、呼吸器官と様々な手術を伴う大病を次々経験し、家業の農家を継ぐこともかなわずムラ社会において「怠けもん」と蔑視され村八分にあう。
自らの運命をはかなみ自殺をはかったことも。病気の治癒後「身体が弱いから薬屋になろう」とやや短絡的でありながらも強く思い立った20歳の頃、商人になることを決意。
福岡市東区筥崎八幡宮前の佐々木薬局にて丁稚奉公で修行を積んだ後、薬種業の免許を得て独立。その後も山あり谷ありの人生を経た末「親切を売る薬屋」として、大正13年(1924年)九州大学医学部東門前に薬局を開く。しかし折角安定した店舗も戦争の激化で破壊の憂き目に遭い、さらに戦後復帰の折りに米軍の家宅捜査を受け、店で取り扱ってしまったマイシンが密輸品だったために麻薬密輸容疑で留置場に入れられ1.6年懲役の判決を受ける。
家族と共に荒波を乗り越えて薬局を復興後、店は親子共々薬剤師の娘夫婦に任せ60歳で引退、子ども5人、孫14人に恵まれる。
「拝仏庵(はいぶつあん=廃物を使った創作活動の意味を含む駄洒落)」という隠居部屋を敷地内にある小さな畑の脇に設け、その号でもって余生を積極的に保護司及び福岡刑務所特殊面接委員、浄土真宗西本願寺の行事や、明るい社会のための運動、地元のまちづくりなどの奉仕活動に捧げ、仏像彫刻とその木屑によるレリーフ仏画や、店の廃物を利用した実用新案の考案、和歌づくりなどさまざまな創作活動にも情熱を傾ける。
20年以上に渡り、都心において前述のような精神的で創造的で少しだけ農的な持続可能な暮らし方といった「9蔵的スローライフ」を日々実践構築、提案する傍ら、全国各地や海外の寺院とも交流のため仏画寄贈や奉仕活動行脚なども行う。平成4年(1992年)没。
|