拝仏庵:::::::::
九蔵さんの隠居部屋

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九蔵コーナーについて
<九蔵の孫 聖子より>


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■9蔵コーナーについて  <九蔵 の孫 聖子より>

幼少の頃、母の里によく預けられていた私にとって9蔵爺は、まるでドラエモンのような友だちでした。私はその爺の後をいつも金魚の糞のようにくっついてまわった記憶が沢山あります。爺の実用新案の実験には失敗事例も数々あり、(トイレの蓋が自動で開閉する仕組みを作った時、実際に用を足そうとしてドアを閉めた途端に蓋まで閉まってしまったとか(笑))そのお茶目さんぶりもかなりイケてました。その爺とどれだけ長い時間一緒に遊び、笑ったり泣いたりしたことでしょうか?
 
9蔵爺の隠居部屋「拝仏庵」は建具とかの雰囲気としてはお寺かはたまたお茶室のようなのですが、その床にはいつも足の踏み場もないくらいにいつもいろんなガラクタと書物や山のように積み上げられたハガキや手紙や彫刻用の木材、画材等で散らかり放題でした。今でも目を閉じると、部屋のにおいまで思い出せます。部屋の外には濡れ縁があってそのすぐ真下には地下倉庫がありました。盆正月や餅つき会など、親戚で頻繁に寄り合い、お泊まり付きの行事も結構たくさんありました。そんなときは従弟一同大興奮。14人の従弟同士はいつもなぜかこの部屋に集まり、一番大きな兄ちゃんたちが毎年恒例で開催するコワ?イ怪談会の会場や、かくれんぼや宝探しに最適な秘密基地にもなっていました。

私の愛する祖父「9蔵」は私にとってはごく普通の存在でしたが、よくよく思い起こしてみるとかなりユニークな、ピースでスローなクリエーター「9」爺さんであったよなと。それを掘り起こしはじめたきっかけは、まさにこの「9LOVE」活動のメーリングリストへの投稿からでした。

その9蔵が生前に行った数多くの活動のなかでも特に話題となったのが、今回この「9蔵」コーナーに掲載している「黒板に書かれた和歌」です。これは路面電車停留所(現在はバス停)の真ん前に面する自宅玄関脇の黒板に20年以上に渡り、約10日ごとの更新で四季折々の風情や、家庭、社会などを思いつくままに詠んだ狂歌風の和歌やイラストで表現し続けてきた9蔵のスモールでスローな「9」活動でした。また6月から10月にかけてはその横に超ミニ水田を作り、和歌と共に街角にスモールでスローな故郷の風情を園芸も加えて演出していた時期もありました。

孫の私もその真似をして、自宅の前に掲示板をつくってイラストと園芸を絡めて表現したいなぁとか、9蔵の4女である私の母にも声をかけ一緒に企んでいるところです。お宅でもいかがですか? 

※参考 西日本新聞 昭和59年(1954年)10月24日の記事より